相川簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人を懲役四月に処する。
この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(本件犯行に至るまでの経緯)
被告人は新潟県佐渡郡畑野町大字川地内に田一町七畝八歩畑一反余歩を所有し、居村において中位の生活を営むものである。そして昭和二十九年頃国府川左岸土地改良区の設立に際し、その発起人に名を連ね準備委員、定款作成委員等に就任した。しかしその後、元来居部落は昔より既成水系があつて干魃に際しても水不足の心配がないところから、改良区設立に反対の意見をもつようになつた。ところで、土地改良法第五条第二項により三分の二以上の賛成者がある時は改良区の組合員に加入せしめられるとのことで、不本意ながら昭和三十年五月四日改良区設立とともに所謂組合員となつたものである。そこで被告人は同部落の耕作者代表として反対運動を起したが、その反対理由は(一)宮川部落は前示の如く水系を持つておること(二)土地改良法第三十六条第二項によれば賦課金はその当該事業によつて土地が受ける利益を勘案して賦課しなければならぬのに宮川部落はその利益を受けておらぬこと(三)賦課金は初め反二百円の割合であつたが逐年増額せられておるが、その賦課金の殆んどが工事費であり、その工事で出来上る貯水池は宮川部落に関係のないものであること(四)小倉川水系の受益面積は五百四十七町歩であるのに実際の賦課面積は五百町歩であること(五)改良区の主なる役員は実際の農業経営の未経験者で農民の苦しみを知らず不当な取扱をしておる等の不満等を掲げて、昭和三十二年頃改良区の設立認可取消を要求し、新潟県に四、五回陳情書を提出するなどの運動をした。その結果、当時の新潟県建設課長が実地調査に来島したこと等があつたが、工事は中止にもならず、認可取消にもならなかつたものである。改良区としては被告人が賦課金を全然納入しないので、再三にわたつて納付方を要求し、かつ改良区内部の統制上、および総代会の滞納金整理要請等があつて、遂に被告人に対し昭和三十四年一月二十二日(その登記は同月二十六日)賦課金等合計一万六千九百九十四円の滞納分につき、被告人所有の新潟県佐渡郡畑野町大字宮川字城腰甲五百六十八番ノ一畑一反五歩を差押えたものである。改良区としては被告人の任意の支払を期待しておつたが、しかし被告人は頑として賦課金を納付しないし、かつ不動産の公売には難点が多く消滅時効の関係もあるので、動産差押えが便宜であるとして、土地改良法第三十九条第五項の県知事の認可を受け、被告人に対し賦課金等合計金四万九千百二十円に対し滞納処分をすることとなつた。そして昭和三十五年十二月十九日理事長等が被告人方に赴き、ホンダ式耕耘機一台、トレーラー一式を権限にもとづいて差押え、これを被告人宅より移して畑野町大字畑野の改良事務所内製図室に保管したものである。被告人はこれに対し同月二十三日付をもつて新潟地方裁判所相川支部に差押処分の取消と賦課金全額免除の農事調停申立をした。調停は昭和三十六年一月十九日と同月三十日の二回に期日が開始されたが、当事者間に合意が成立せず、調停不調となつたものである。そこで被告人は耕耘機は長男末永早雄名義でもあり、早雄の不在中に改良区の役員等に無理に持ち去られたことを憤り、早雄に対する責任もあつて、実力をもつて耕耘機を持ち帰らんと決意したものである。
(罪となるべき事実)
被告人は末永早雄と共謀の上、昭和三十六年一月三十一日午後三時頃、新潟県佐渡郡畑野町大字畑野七百二十番地の一国府川左岸土地改良区事務所において、同土地改良区が被告人に対する賦課金四万九千百二十円の滞納処分として差押え、同改良区理事長本間朝之衛が保管中のホンダ式耕耘機一式、トレーラー一台を同所より持出し、これを窃取したものである。
(証拠説明省略)
(弁護人および被告人の主張に対する判断)
一、弁護人は本件耕耘機の差押は不法であり、二重差押の違法があると主張するので、まずこの点について検討をする。
国府川左岸土地改良区は昭和三十二年度までの被告人に対する賦課金等合計金一万六千九百九十四円について被告人所有の畑を差押えたが、その後の耕耘機を差押えた時には、畑の時の賦課金と更に昭和三十三年度の賦課金二万千百七十三円、督促手数料二十円、延滞金七千二百七十六円および畑の差押分の賦課金に対するその後の延滞金一万九百三十三円を加えた、総計金四万九千百二十円の滞納について差押たものであるから、もしそのまま畑の差押と耕耘機の差押が並在するならば、耕耘機の差押金額のうちには畑の差押の時の金額が含まれており、その分については正に二重差押をしたこととなるのである。併し証人間治作の証言によると、本件差押は地方税法第十八条による時効の心配があつたので同法第十八条の二による時効中断の手続をしなければならぬ上、有体動産による換価方法が便宜であることのために行なつたものであつて、これが実施については改良区の事務担当者が県に指示を仰ぎその指示に基いて昭和三十五年十二月十九日差押えたもので、かつ耕耘機差押手続終了後、同日付をもつて畑の差押登記の抹消登記手続をしたものであることが認められる。よつてその差押は正当であつて、二重差押ではなく、不法又は違法はない。
なお、弁護人は、改良区は被告人の調停申立書によつて二重差押の事実を知り、急遽先の差押を解除したものであると主張し、右を耕耘機差押無効の根拠の一ツとしておるが、右調停申立書は昭和三十五年十二月二十三日付であるが、裁判所に受理せられたのはその翌日であるから、申立書の副本又は調停期日呼出状が改良区代表者の手裡に届いたのはそれ以後であつたと推測せられるので、弁護人のその点に対する主張は当らない。
また弁護人は先に差押た畑だけで充分に債権の満足を得られたのであるから、事更に被告人を困らすために耕耘機の差押をする必要はなかつたものであると述べているが、畑がその後金八万余円で公売せられたことは事実であるからその結果から見ると、耕耘機を差押える必要がなかつたものの如くであるが、事情は前述のとおりであるからその結果だけによつて後の差押無効に結びつけることは出来ない。また、特に被告人を困らせるためにのみ差押を実施したと認められる事実は存在しない。
二、被告人および弁護人は本件耕耘機は被告人の伜末永早雄の所有物であるから、差押は違法であり無効であると主張するが、
末永早雄は被告人の同居の家族として生計を共にしておる者で、被告人所有の田畑を耕耘機により耕作しており、また右耕耘機の代金二十五万円は被告人が支払つたものであることが推認できる。しかし右耕耘機の名義は末永早雄であること、耕耘機の運転免許を有するものは早雄であり、耕耘機の操縦運転をする者も早雄であることが認められる。したがつて、差押当時は耕耘機が早雄のものであるか、或いは被告人と共用の物件であるか、その所有権関係は結論づけることが出来ない状況にあつたものである。(なお、被告人提出の調停申立書には差押物件が早雄のものであるとの主張がなされていない。)
しかし法律上正当な手続によつて改良区が耕耘機を差押、所持するのであるから、これについて不服があるならば、訴願および行政訴訟を起して、その帰属を明らかにし、末永早雄の所有物件であることの確定せられた後に、耕耘機を取戻すべきであるのに、末永早雄又はその代理人が自己本位な考え方のもとで、耕耘機は早雄の所有物であるから差押無効であるとして、実力をもつてこれを奪取したのであるが、かくの如きことは、絶対に容認せらるべきことではない。
三、弁護人は、耕耘機は鑑定人榎本善一郎の鑑定の結果からも明らかである如く、国税徴収法第七十五条第一項第三号に該当する絶対的差押禁止物件であり、改良区が耕耘機を差押えたと称しても、それは差押の効力を生じないものである。したがつて被告人がこれを持帰つても違法性が阻却せられ、罪とはならないと主張するが、
証人荒木政之丞の証言によれば広島国税局管内において耕耘機を差押たと推測せられる事例があるし、証人堀沢哲弥の証言によれば徴税実務の講習には耕耘機は差押物件として指導せられておつたことが認められる。これに反し、耕耘機が差押禁止物件であることの取扱実例は発見することができないのである。
鑑定人榎本善一郎の鑑定書によれば耕耘機は国税徴収法第七十五条第一項第三号の精神と耕耘機の普及度、および耕耘機が昔日の役畜と交替的に使用せられておる状況にあるので、農民保護の政策的見地から差押禁止物件とすべきであると結論しておる。しかし、耕耘機は農耕のみでなく農作物脱穀・運搬等の機能も兼有しておるのであり、耕耘機によつて今まで人力・畜力による農耕作業がすべて動力に置き換えられているのであるが、右諸性能を備えておるので却つてその機械を購入するには多額の費用を要するので、(本件においては被告人は金二十五万円をもつて購入しておるのであるが)かかる高額の機械を所持する者に対して差押をする執行機関が手を拱えて差押ができず、有力なる差押物を差押禁止物であるとして除外し、他の物件を差押えなければならぬ不合理なこととなるのであつて、この点国税徴収法は民事訴訟法第五百七十条第一項第四号の規程と同趣であり、それは農業によつて生計を維持する債務者が農業を行なつてゆく上において必要な最小限度の農具を意味し、農業経営に欠くことの出来ないものをいうのであるが、耕耘機はその普及率・使用価値を考慮に入れても国税徴収法にいう差押禁止財産に該当するものでないとみるべきである。
また、差押禁止財産であるかどうかは一地方における耕耘機の普及度合、ある時期における耕耘機使用者率の伸展によつて定めるべきではない。若しそれによつて解釈が浮動するものとすれば、耕耘機がすたれて使用率が低減すれば差押禁止物であつたものがそれより除外せられる現象を呈することとなつて、法的安定性を害するからである。
殊に本件は昭和三十五年十二月十九日の事案で、その時点において耕耘機は差押禁止物件であるか否かを判断しなければならぬものであるが、その頃は新潟県下においては使用率六一、七パーセントであつたし、被告人の居部落は百五十戸あつて昭和三十九年には耕耘機四十台が使用されておるが、昭和三十五年には七、八台であつたことが認められる。そうすると仮に鑑定人の意見の如く普及度合に従つて規程を拡張解釈するとしても、昭和三十五年度においては耕耘機を差押禁止物件とすることについて疑問があつたといわなければならない。
更にまた、仮に耕耘機が差押禁止物件であり、被告人がその差押は違法であると信じたとしても、被告人の自力救済行為は許さるべきものではない。被告人が差押に対し異議があるならば、その不服申立方法として、審査の請求ができるのであるし、それに不服があるならば、更に行政事件訴訟法特別法第二条、第十条によつて強制換価の方法を拒み得るのであるから、その方法を執るべきである。単に裁判所で調停事件が不成立になつたことで、他に救済方法が無いものの如く、公法上の権利に基いて適法に占有しておる差押物を、無効差押であると自ら称して、自力をもつて奪取するが如きは、自救行為としても認められるべきものではない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第二百三十五条、第六十条に該当するので、その所定刑期範囲内で被告人を懲役四月に処し、なお、被告人は再犯の虞れなく、結果的には被害者も債権の満足を得ておるし、被告人の主観的事情等をも考慮し、執行猶予を相当と認め、同法第二十五条第一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。